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『悪漢探偵2』は、何故 日本公開されなかったか

機会があったらチェックしたかった、中野昭慶 率いる東宝チームが特撮担当の香港アクションコメディ『悪漢探偵2』(1983.3 香港公開、日本では劇場未公開)を観た。

腕は立つけど女性にめっぽう弱い大泥棒キングコング(サミュエル・ホイ)と、おっちょこちょいのスキンヘッド刑事アルバート(麥嘉:カール・マッカ)、そして男勝りの荒くれ女警部ホー(張艾嘉:シルビア・チャン)の3人が手を組み、彼らの前に立ちはだかる強靭かつ珍妙な敵に立ち向かうシリーズの第2弾…というのが、ネット上にあった紹介文。
泥棒と警察のトリオなので、邦題が『悪漢探偵』となったようだ。
本作には、倉田保昭も助演。

冒頭でサミュエルを襲う、2機の黒いラジコンヘリ(ほぼ同時期に公開されたアメリカ映画『ブルーサンダー』のパクリでしょう)が別で飛んで来る胴体と変形合体して完成するロボット・機械人 釖渦1號の特撮は、香港スタッフの仕事らしいが傑作。
秀逸なバイクスタントのシーンが終わって ようやくタイトルが出た後は、カーアクションと香港映画らしい笑劇(ツイ・ハークが俳優として登場、精神病院ネタで珍演!)が続くが。
ダレたあたりで、メカゴジラのように目や足から光線を発射するロボット・機械人 釖渦2號が出現。
ここが中野特撮の見せ場となり、サミュエルたちが繰り出すトランク型ロボや、ゾイド風 小型ロボット群(小神通敢死隊)と光線バトルを演じるのが お楽しみ。
但し、2號は変形合体せず、そのまま登場するのが残念。
美術は高橋(井口)明彦、操演は白熊栄次という円谷系。光学合成のクレジットは無い。
さらに、悪漢探偵3人のナイトライダー風 黒いスーパーカーと敵のロールスロイスがミサイル対決。
サミュエルがロケットマンスタイルで浮上しトドメを刺す、これでもかの展開で終わる。

この作品、何故か日本劇場公開されなかった。
ロボットデザインの類似(アニメや戦隊ロボ)による版権問題がらみか、ロケットパンチや胸からミサイルなど武器も無許可のパロディだったんで、配給会社が二の足を踏んだか?
小型ロボットだって、日本製オモチャの無許可改造使用かも。

香港では大ヒット。
シリーズは白人スターを招き、グレードアップしながら続く。
リチャード・キール ピーター・グレイヴスがゲストの3作目『皇帝密使』(1984)と、『レイダース』のロナルド・レイシーがゲストの4作目『スペクターX』(1986)は、日本劇場公開された。
1989年の5作目で打ち止め。これにはカール・マッカが出ていない。

J・KOYAMA * ターンノーン通信 2015〜 * comments(0) * pookmark

エロかった映画に、『タンポポ』を挙げる人は意外と多い

この夏、日本映画専門チャンネルで、『タンポポ』(1985.11 東宝)を久しぶりに観た。
伊丹十三が本格的に監督業を始めてから2本目、最高作は これであろう。
ラーメンウエスタンなどと最近は呼ばれているが、公開時の惹句は「爆笑食べもの喜劇」であった。

宮本信子の流行らぬラーメン屋を、トラック野郎の山崎努たちが立て直す話に、豪華配役による食べもの薀蓄スケッチが、モンティパイソン的な構成(エピソード繋ぎ)で挟まる。
本作の記憶といえば、何と言っても黒田福美の「卵」「エビの踊り」と洞口依子の「牡蠣」だが。
高級食料品店で、売り物を潰す老婆・原泉(役名はカマンベールの老婆)と店主・津川雅彦の攻防戦も忘れがたい。

あと、歯髄エソで苦しむ藤田敏八が、北見唯一の歯科で治療を受ける前、電車の中で天秤棒のヤムチャ売りと遭遇する不思議なシーン(痛みによる幻視?)があるが。
このチャイナ娘って、特撮番組『円盤戦争バンキッド』(1976〜77)の鈴木美江だ。
『西遊記 II』(1979〜80)ゲスト出演時、チャイナ服が凄く似合っていたが。伊丹監督、コレ観てキャスティングしたね?
続いて『マルサの女』(1987.2 東宝)にも巫女の役で出演。現在は、鈴木淑恵に改名している。

※ 『アクマイザー3』(1975〜76)でも、チャイナ服で登場していたとか。こっちの方が早いな。

 

J・KOYAMA * ターンノーン通信 2015〜 * comments(0) * pookmark

親のインカが子に報い…の可能性もあり?『アンデスの花嫁』

日本映画専門チャンネルで放送された、羽仁進監督『アンデスの花嫁』(1966.9 東京映画 + 羽仁プロ 東宝配給)は観るのをスルーしようと思ったが、ついでに録画できてしまい、チェック。
南米ロケの、観光ドキュメンタリー的な娯楽映画と思っていたが。
確かに そういう部分はあるものの、なかなか深い作品だった。

先夫との間にできた男児を抱え、日本では生活苦だったらしい女性(左幸子)。
健気な雰囲気もあるけれど。
学生時代に民俗学を専攻し南米の文化に興味があったとか、青年海外協力隊みたいな活動をしていたとか、信心から貧しい人々を救いたい…という部分は全く なさそうなタイプ。
そんな女性が、ボリビア(チチカカ湖が出てくるのと、紙幣の表記で分かる)はアンデス山中の寒村で、農業指導のような事をしてるという男性のもとへピクチャーブライドし、男児を連れ岩山を越えてくるところから映画はスタートする。
農家の嫁どころじゃない、こんな悪条件の再婚を決意した彼女の素性を知りたいもんだが、日本での生活状況はハッキリと語られない。
ひょっとして正体は…先の安保闘争で当局からマーク、夫と別れたあと逃避地に南米を選んだ元活動家 ⁇

仮面かぶったインカ末裔村民たちの出迎えを受け、当惑する左幸子。
NHK大河ドラマで演じた信長人気も醒めやらぬ頃の高橋幸治がクレジットされているので、再婚相手は高橋と思いきや。
夫を演じるのは現地でスカウトされた素人らしい、眼鏡で口髭の小男 アンセルモ福田(風貌は、ちょっと庵野秀明監督を思わせる)であった。
彼は日本からの移民の子孫だが富裕層ではなく、インカ遺跡を盗掘まがいに見つけ、掘り出した物品を売って地域に還元(最重要なのは井戸掘り用の資金)するという山師的な男だと分かる。
それでも村民と馴染み、村のため夫のためにと尽くして、新たな子供も もうける左。
夫はついに、財宝が眠る遺跡を見つける。

だが好事魔多しというか、埋葬白骨遺体も出てくる墓所を荒らしたバチが当たったというか。
発掘中の落盤事故で死亡するのだった。
左は映画中盤、日本人開拓団の独身ハンサム農業青年(これが高橋)に心が動いたり、夫が発掘で留守の間に村の伊達男キスキスにプロポーズされ断っていたようだが。
夫の死後、再会した高橋は、現地女性の新妻を同伴していた。チャンチャン!
…夫の意思を継ぎ ここで生きていこうと、左が祭の灯りを見て思う(たぶんね)ところで終わり。
子供たちが成長し、老いた母と『世界の村で発見!こんなところに日本人』に出演したかどうかは定かでない。
墓所荒らしで、呪いが かかってないと良いが。

当時 左幸子が、監督・羽仁進のパートナー(1959〜77、羽仁が左の妹とデキてしまい破局)だったからこそ出来た、献身的演技(現地女性とのキャットファイトも!)とロケーション効果で見せる異色作。
1966年の、キネ旬 日本映画ベストテン6位(1位は『白い巨塔』、ちなみに時代劇特撮モノ『大魔神』が25位に入る大健闘を見せた年です)。

J・KOYAMA * ターンノーン通信 2015〜 * comments(0) * pookmark

60年目のジャイガンティスゴジラ

特撮ライター・ヤマダマサミが2017年7月に書いたブログで、ジャイガンティスゴジラの検証が行われていた。

『ゴジラの逆襲』(1955.4 東宝)がアメリカで、GIGANTIS THE FIRE MONSTER として配給公開される事になった時、当初はあちらで撮り足しが行われる予定だった。
アメリカ版プロデューサーは、映画史に残るような仕事はしていないと思われる、ポール・シュレイブマン(1909〜2001)。
1作目のゴジラが再編集され1956年春にアメリカで公開された時は、ジョセフ・E・レヴィン率いるエンバシーとトランスワールド配給なので、別会社のヒトである。よってゴジラの題は使えず、怪獣名は上記タイトルのジャイガンティスに落ち着いたそうだ。
新撮用として、60年前の1957年ごろ(造形スタッフの開米栄三によると、55年の映画撮影終了後すぐという記憶も)東宝に発注・新造されたゴジラとアンギラスの着ぐるみ。
おそらく、シュレイブマンが金を出したのだろう。
白人が入る事を想定し、高身長に作られたゴジラ着ぐるみを、特撮ライターたちが1990年代に書籍で、逆襲ゴジラと形状が著しく変わった1962年のキンゴジを繋ぐミッシングリンクとして、ギガンティス→ジャイガンティス、またはジャイガンティスゴジラと呼称するようになったのだが。
現存する写真は、同じ角度からのスナップ3枚のみで、1970年代より竹内博が所蔵し少しづつ公開。出どころは、特撮美術の渡辺明らしい。
2体は木箱に詰められアメリカへ発送されたが、新撮は結局 行われず、着ぐるみは行方不明。
『ゴジラの逆襲』は1959年の春、編集版が ようやく全米公開された…とウィキなどにもあるが。

この公開経緯には、前史があるのだ。
IMDbを信じるならば、『ゴジラの逆襲』は日本公開と同年の1955年暮れにポルトガルで公開(タイトル不明)されたのを皮切りに、57年にはフランスで Le retour de Godzilla、58年にはスペインで El rey de los monstruos、西独で Godzilla kehrt zurückというタイトルで、先に公開されている!
アメリカ公開時の編集・英語版演出として、ヒューゴ・グリマルディ(ウーゴ表記も、1912〜没年不詳)なるイタリア人っぽい名がクレジット。
アンソニー・M・ドーソン監督の初期SF映画にも製作者として名があるので、てっきりヨーロッパ公開時に関わったプロデューサーと思ったが、この人は東宝の戦記映画『太平洋の嵐』(1959)の英語版も作っている、制作・監督・編集など何でも屋のアメリカ映画人らしい。
とすると、先行公開のヨーロッパ圏では、オリジナル版で上映されていたのだろうか?

それから約1年後、アメリカ公開に先立って発注され東宝で新造された、ジャイガンティス着ぐるみの使い道。
グリマルディ編集の英語版(短縮の上、記録映像や海外作品の恐竜特撮フッテージを加えたのは彼だ)をアメリカで公開するとき、プロデューサーが さらに付加価値を持たせるべく日本に着ぐるみを発注し、アメリカで2匹が再対決する新撮を加えようとしたが結局 流れ、そのまんま公開したという事か?
それとも、竹内博が生前ヤマダ氏に語ったように、ジャイガンティスはハナから新撮用でなく、宣伝用のアトラク仕様だったのか?
解明されるべき事項は、まだ多い。

少し遡り、怪獣ウルトラパラダイス というブログで2016年5月、スティーヴ・リフィル著 JAPAN’ S FAVORITE MONSTAR (1998 アメリカ)という本に、海を渡ったジャイガンティスの目撃談が載っているという記事があった。
一部補足し、転載する。

…1957年5月ごろ、ロサンゼルスの(ハワード・)アンダーソン特殊効果撮影所で、怪物造形家のポール・ブライズデルと、助手で参加していた後の有名コレクター ボブ・バーンズが『円盤人の襲撃』(注、日本未公開の1957年作品『暗闇の悪魔 大頭人の襲来』の事でしょう)を撮影中に、スタジオの端に木箱を見つけた。
その中に、ゴジラの着ぐるみがあったという。
それはダークグレイに緑が少し混じっていて、ひどく傷んでおり、花火で穴が開き、中の演者は火傷していると思えるようなものだった。
かなり小さく、とてもかぶれない大きさ。
もう一つの木箱にはアンギラスが入っており、色彩豊かで青、そして少し赤が混じっていた。
それらは到着したところだった。

この本の著者も指摘しているが、まるで撮影で酷使した逆襲ゴジラの着ぐるみが そのままアメリカに送られたとも思える目撃談で、一体全体どうなっているのか。
ジャイガティスは送られなかった?
いや両方とも、つまり劣化した撮影用スーツをあわせ3体が送られたのか?…
とある。

今回、ヤマダ氏のブログには、更にアッと驚く写真が。
南米の友人のフェイスブックにアップされていたという、カラー写真の正面顔ジャイガンティス着ぐるみである ‼
オペラ座の怪人に顎を持ち上げられ、一緒に屋外で撮られている。
腕に赤い血がついているものの、ボディは傷んでないように見える。
ヤマダ氏は友人に確認したが返事はなく、出どころは当人も分からないのでは?とのこと。

ジェームズ・キャグニーが怪奇メイクで有名だったスターのロン・チャニー(オペラ座の怪人は彼の代表作)を演じた伝記映画『千の顔を持つ男』(1957)の宣伝にジャイガンティスが駆り出されたのではと、ヤマダ氏は推測しているが…。
着ぐるみの到着時期と、この映画のアメリカ公開時期(1957.8)が一致しますから。
ところで、写っているオペラ座の怪人の “中の人” は ひょっとして、大スターのキャグニー?

J・KOYAMA * ターンノーン通信 2015〜 * comments(0) * pookmark

クラーク・ゲーブル主演コメディ Comrade X の戦車特撮

山本弘がレトロ特撮を扱った新刊で取り上げているらしい…今日時点で、まだ本屋でチェックしてませんが… Comrade X (1940 日本劇場未公開)というアメリカのコメディ映画を観た。

映画史に残る、前年公開のロシア(旧ソビエト連邦)風刺コメディ、エルンスト・ルビッチ監督『ニノチカ』の夢再び!というわけで。
共同脚本を担当したヴァルター・ライシュを原案に迎え、巨匠キング・ヴィダーが監督。
クラーク・ゲーブルが主演、かの『風と共に去りぬ』公開から ほぼ1年後の、1940年暮れにアメリカで公開された作品である。
『ニノチカ』に使節役で出てたフェリックス・ブレサートとシグ・ルーマンも助演しており、失敗作として忘れ去られた姉妹編と言うべきか。
ナチスドイツの人物も登場するが、当時はロシアと仲良し。1939年の、独ソ不可侵条約が生きている頃の制作だからね。
スターリンと交わした条約を一方的に破って、ヒトラーのバルバロッサ作戦が始まる1941年6月は、公開の半年先である。

ソビエトに駐在し、“同志X” の名で密かに無検閲のニュースを流しているアメリカのニュースリポーター(ゲーブル)が、ついに当局から睨まれる。
ロシア人でホテルのボーイ(ブレサート)と、娘の市電運転手(当然美女の、ヘディ・ラマー。オーストリア出身、チェコ映画『春の調べ』の全裸シーンで世界的に知られたが、イロイロあって渡米。本作の2年後、作曲家ジョージ・アンタイルと「周波数ホッピングスペクトラム拡散」に関する特許を取って、戦時中 米軍に協力しようとした発明家でもある。こんにちケータイ電話や無線LANに使われているこの技術、映画業界では遠隔操作キャメラに応用)が一緒に、ルーマニア経由で自由な国アメリカへ脱出するまでの物語。
ゲーブルとラマーが恋に落ちるのも、定番。

公開当時のニューヨークタイムズ評がネットで読めるが、的確であった。
特撮を使用したシーンだけ、褒めてあるのだ。

…映画で最高なのは、終わりの戦車追跡シーンです。
古いドタバタ喜劇のノリで、スマートな仕上げ。そして刺激的。
多くの退屈な場面も補います。…

MGMの特撮技師 A・アーノルド・ギレスピーとスタッフが描く、ゲーブルたちが奪って逃げた戦車を、数十台の戦車軍団が追うクライマックス。
脱走カーチェイスの後、戦車を積んだ輸送列車が登場するあたりから、特撮ファンは必見。
アウトドアで撮られたらしきミニチュア戦車(走行できる実物大も、1台登場。但しキャタピラ周りは怪しいのでハリボテでしょう)の操演が素晴らしい。
ラジコンだろ!というのは容易いが、数十台(ざっと30台以上あるようだ)のミニチュア戦車が一斉に方向転換し走り去るワンカットは、どうやったのかね?OKが出るまで、膨大なリテイクが出ているんじゃないか。
ラジコン操縦機を持った操演スタッフが、戦車の台数分の人数でスタンバイしてる図を想像して頂きたい。へディ・ラマーが特撮現場を見学に来ていたら、さぞや興味を持ったことだろう。
崖落ちや渡河、木を押し倒すカットも重量感があって良。
農家に突っ込むシーンは、家の壁を破り裏側へ走り去るミニチュア戦車をスクリーンプロセスで一瞬見せ、横へパンして驚く住民のリアクション演技を映す…という、手の込んだ事をしている。

ネット情報だと、2011年にオークションでミニチュア戦車が出品されており、11万ドルで落札。金属製でサイズは26インチ、モーターなど動力の有無については不明。
ミリタリー マニアじゃないので分からないが、1930年代の水陸両用ロシア戦車 T−37かT−38をヒントにした、オリジナルデザインじゃないですかね。

クライマックスだけは、一見の価値ありの珍品映画。

J・KOYAMA * ターンノーン通信 2015〜 * comments(1) * pookmark

やっぱり残酷で切ない、35年目の続編『ブレードランナー2049』

今日は、リドリー・スコット作品2本立てとなりました。

リドリーは監督せず、制作総指揮として参加の『ブレードランナー2049』を観た。
感想は、「続編としては最高だが、長いよ!コレ」でしょうか。163分も要らんだろう?
少し、ウトウトしちゃいました。
音楽担当は、ファンが熱望するヴァンゲリスじゃないけど(でも、Tears In Rain は使われてました!)、売れっ子 ハンス・ジマーとベンジャミン・ウォルフィッシュが、盗作扱いされかねないほど あの旋律に近付けた曲を提供してます。

レプリカントであるブレードランナー・K(ライアン・ゴズリング)のパートナーは、コスプレ自由自在なホログラムの恋人・ジョイ(キューバ出身の女優 アナ・デ・アルマス、かわいい)。
情報端末でもあり、ロス市警・LAPD本部の上司から連絡(着信音は、プロコフィエフの ピーターと狼。ファンが真似するぞ、絶対)があると静止してしまう。
触れられず永遠に結ばれることは叶わないが、別の女性に「二人羽織」する要領で、この壁を越えようとする展開があります!
日本で人気が出そう、オタクには ちょっと羨ましいキャラだ。

物語のキーとなるのは、前作で道ならぬ駆け落ちをした主役・ブレードランナーのデッカードとレプリカントのレイチェル。
デッカード役をハリソン・フォードが再演するのは告知されていたが、別女優にCG処理し、あの美しいままのレイチェル=ショーン・ヤングが「再現」されて登場するのにはビックリ。『ローグ・ワン』のピーター・カッシングに続く、快挙である。
但し、往年のレイチェルファンには、大ショックなシーンが用意されているが。
さらにガフ役のエドワード・J・オルモスも出演。だがウトウト、出番を観そこねた(再見して確認、ワンシーン出演で老人ホームに入ってる。羊の折り紙!電気羊かな)。

前作で我々を圧倒した都市ヴィジュアルのコチャコチャ感は抑えられ、地獄のようなロスのランドスケープ描写はあるが、炎は吹き上がってない。
カナダ出身の監督ドゥニ・ヴィルヌーヴは、フレンチテイストのシンプルな絵作りをしている。この春公開の『ゴースト・イン・ザ・シェル』と、一部ビジュアルが被ってますけどね。
だが、気候変動による海面上昇のため作られたロスの巨大防波堤の横を、スピナーが飛ぶシーンは圧巻。

あり得ないレプリカント妊娠の謎と、Kの持つ記憶の探求。
答を知ると思われるデッカードの居場所を突き止め、会えたが。
タイレル社を引き継いだウォレス社が拉致する。
ジョイのデータを収めたメモリースティック?も、破壊されてしまった。
喪失感の中、Kはデッカード奪還を決意。ウォレス社の女レプリカント・ルヴ(オランダ女優 シルヴィア・ホークス)との死闘は、怒涛打ち寄せる夜の海で展開する。
前作でマニアを唸らせた強力わかもとの広告は出ないが、パンナム(実際は1991年に破産、一時復活するも2008年に運行停止)やソニーやアタリやコカコーラやプジョーのネオンサインは登場。

雪が降りしきるエンディング。
デッカードを、意外な人物と関係ある博士(スイスの女優 カーラ・ジュリ)の研究所へ送り届けたあと、入口の階段に寝込み動かなくなる怪我をしたKの姿。
ちょっと、アニメ『カウボーイビバップ』最終回を想起した。
そう、1982年に作られた前作が日本のアニメに与えた多大な影響が、本家に再吸収されている感じがアチコチでするのだ。
天井から垂れ下がるラミネートチューブから産まれたばかりの女レプリカント(サリー・ハームセン)が不良品?扱いで、ウォレス社長(ジャレッド・レト)に “処理” されるシーンが酷くて、記憶に残るが。
産まれ落ちるカット、『イノセンス』でガイノイドが検死官の部屋でラミネートパックされてるシーンを想起した。
全裸で立っているとき腹を刺すのだが、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air / まごころを、君に』で、綾波レイの腹(子宮)にアダム胎児と癒着した手を突っ込む碇ゲンドウを想起した。

最初に長いとは書いたが、前作同様に繰り返し観られることになるであろう続編。
残酷でハードな描写を含むSFだが、すれっからしの独身オタクですら琴線に触れる、切ない男女の愛が盛り込まれているから。

J・KOYAMA * ターンノーン通信 2015〜 * comments(0) * pookmark

エイリアン=ゼノモーフは、異星人とアンドロイドの共作だった!『エイリアン コヴェナント』

雨の午後、『エイリアン コヴェナント(ウィキなどの表記は、エイリアン:コヴェナント)』を観に行く。
もうじき80歳という、リドリー・スコット監督の凄い馬力には感服だが、後味は すこぶる悪い。
メシが まずくなるタイプの映画ですな。
シリーズ恒例の強いヒロインであるダニー(キャサリン・ウォーターストン)が、エイリアンに重機をぶつけ宇宙へ押し出すくだりは、ジェームズ・キャメロン監督『エイリアン2』(1986)みたいな事を、リドリーも やってみたかったんでしょうね。
植民宇宙船コヴェナント号がソーラーエネルギーチャージのため、金色のセイルを貼り帆船状態となるビジュアルも面白い(推進ロケット部分を見て、ダイコンオープニングアニメの宇宙船をフト思い出した)。

エンジニアと呼ばれるアルビノ巨人型宇宙人による全ての始まりと、2093〜94年の事件を描いた『プロメテウス』(2012)の続編であり、今度こそ『エイリアン』(1979)に続く…となるプリクエルと思ったが、例の馬蹄形宇宙船(遺棄船と呼称されるアレ)はエンジニアの母星・セクター87 第4惑星に転がったままで、惑星LV426に行かずじまい。
本作は西暦2104年12月の出来事であり、『エイリアン』の2122年までは間がある。
『プロメテウス』で登場し、ラストは生き残った女性科学者エリザベス(ノオミ・ラパス)とエンジニアの母星を目指したアンドロイド・デヴィッド(マイケル・ファスベンダー)が実は静かに狂っていて…。
あのエイリアンは結果的に、エンジニアとデヴィッドの共作とでも言える生物であったのか。

ラスト、デヴィッドに乗っ取られたコヴェナント号が、本来の目的地・植民星オリガエ6に向かうが。
リドリー監督は、もう一本のプリクエルを作る気だろう。
デヴィッドに壊され、すり替わられたコヴェナント号の同型後継アンドロイド・ウォルター(こっちもファスベンダー、2体が縦笛を共同で吹き鳴らす一人二役特撮は秀逸!)が自己修復し、オリガエ6でのコヴェナント号乗員を使った人体実験でエイリアン=ゼノモーフ改良を納得するレべルで終え、第4惑星に戻ってきたデヴィッドと再対決するのでは?
コヴェナント号が大破して宇宙船を再起動する必要性が生じ、その後LV426へ向かう展開があって、遺棄船となるのでは ⁇
リドリー監督、続編が自分で作れるかどうかは、レプリカントじゃないが寿命との戦いですな。

なおエンドタイトル冒頭に、2014年に階段で転倒したのがもとで亡くなったエイリアンのデザイナー・H.R. ギーガーの名が表記されていた(クレジットは、オリジナルデザイン・エレメンツ)。

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東宝の脇役・広瀬正一 覚え書き

チャンネルNECOで久々に観た、大林宣彦監督の劇場映画第1作『ハウス HOUSE』(1977.7 東宝)。
目が痛くなるエフェクトの嵐は、年齢的に こたえました(笑)。

東宝の脇役で、キングコングの着ぐるみにも入った広瀬正一(1918〜?)、なぜか熊とオヤジが店主のラーメン屋の客役で出演…とウィキや資料にあるけれど。
麺を口に入れたまま喋る その役者は、痩せていて歯も抜けてるみたいだし、別人では。
広瀬は、仁王様系の でっぷりした体躯。
少し前のロングショットで何か叫んでる、トラック野郎の役じゃないのかな。
あとウィキに、大西康雅(康雄 表記もあり)という大部屋俳優が演じる村の老人が、先生役の尾崎紀世彦と絡む…と書いてあるが、2度観たけど そんなシーン無いぞ。
大西、セピアの回想シーンで出ている老人の1人か?
『七人の侍』では百姓役、『ゴジラ』にもノンクレジットで出ているそうだ。

なお、広瀬正一は本作の後も大林作品など、1988年まで映画に数本出演しているが。
淡い親交があった白石雅彦が、「特撮秘宝」4号(2016)に寄稿した一文によると。
現場では愛されていたのだろう、東宝が専属俳優制度を止め解雇した後も、東宝スタジオの雑役やステージマンとして雇われ、長く勤めていたという。
だが1990年ごろ、椎間板ヘルニアで入院。
同年発売の特撮ファン雑誌「宇宙船」51号で、中島春雄・薩摩剣八郎と対談した後だろうか。
白石は労災病院に見舞ったというが、それが別れに。数年後、老人ホームで亡くなったという(70代中盤か)。
生涯独身だった。
でも没年不詳とは、寂しい限り。最後に広瀬が出演した『日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群』の大林監督は、何か ご存知かもしれないが…。
8月に亡くなり、大きく報じられた中島春雄は、大部屋俳優でも別格だったということか。

広瀬のニックネーム・ソロモンは、戦争でソロモン海海戦(1942)の生き残りだからと、ウィキなどにも載っているが。
アフリカロケの秘境冒険映画『キング・ソロモン』(アメリカ 何度も映画化されたが、最初の1937年版)に出てくる歌う黒人酋長ウムボパ(ポール・ロブソン)に似ているから、という、「映画裏方ばなし」(1980 講談社)の鈴木一八 説もある。
広瀬に かような従軍体験が無ければ、後者が正しいはず。

ネットの東宝資料室データだと、最初にクレジットされた映画は、1950年の佐藤武監督『歌姫都へ行く』。
荒事・スタントのできる専属大部屋俳優で、『情艶一代女』(1951)では、冬の大川(隅田川)に飛び込んだという。
『七人の侍』(1954)では特異な横長の兜をかぶった野武士を演じ、頭目が倒れたあと、農家の裏木戸から豪雨に紛れ逃げた模様。
黒澤明は、この野武士の自筆デザイン画に “ソロモン” と記していた。

『モスラ』(1961)で、第3ダムに現れたモスラ幼虫に驚き、大福を飲み込む監視員役はマニアに有名。

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『無理矢理ロッキー破り』

1980年代にビデオで出ていた、『追跡珍名場面集/ザ・グレート・チェイス』(1963 未公開)というサイレント喜劇のアンソロジー映画があって。
追われる恋人が逃げ込んだ貨物列車を主人公が、走り→馬車→馬→スポーツカーで追いかけるシーンが印象に残っていた。
乗せてもらったスポーツカーで爆走してくる貨物列車の直前を横切るカット、列車と並走させ乗り移るという超絶スタント。前者は、わが国の『散歩する霊柩車』(1964.10 東映)『喜劇 駅前漫画』(1966.4 東宝)でも特撮を使用してマネされている。
スポーツカーが対向線路から来た別の汽車と激突する直前、ヒラリと貨物列車に乗り移るのが凄いけど、ここはワンカットでなく編集処理のようだ。

夏に日本映画専門チャンネルで観た『日本俠花伝』(1973.11 東宝)劇中の映画館で、この場面が上映されていた。
筒井康隆の「不良少年の映画史」にも取り上げられていたが。
筒井曰く、チャップリンの にせもの!イタリア出身の喜劇俳優・監督であるモンティ・バンクスが主演した『安全第一』(1927 同年日本公開)のクライマックスである。
全長版は5巻・50分。2巻に短縮された版は、『無理矢理ロッキー破り』という題のようで、こっちの方がよく知られているかも。
原題は、プレイ・セーフ。
以下は、キネ旬のストーリー紹介である(改行・一部修正)。

莫大なる財産の継承者である女性ヴァージニア・クレイグ(ヴァージニア・リー・コービン)は、腹黒い後見人(チャールズ・ヒル・メイルズ)の禄でなしの息子と結婚させられそうになって、家出する。
クレイグ工場の一労働者たるモンティ(モンティ・バンクス)は、ヴァージニアが嵐を避けてある門辺に佇んでいる時、ひったくりにバッグを奪われそうになっているところに出くわし、彼女を救う。
濡れた衣服を乾かすために、モンティはヴァージニアを家に招く。
なかなか乾かないので、ヴァージニアに自分のベッドを提供し、モンティは他に寝場所を求めねばならなくなった。
そこへヴァージニアを捜索していた後見人が彼女を見つけ出し、屋敷に連れ戻す。
彼女が、一労働者にすぎないモンティに少なからぬ興味を抱いていることに気づいた後見人は、モンティをクビにして危険人物だと言いふらす。
そしてヴァージニアに彼への幻滅を抱かせるために策を弄して、悪漢一味に彼女を襲撃させる。
そこへ後見人の息子が飛び出して悪漢を成敗し、悪漢はあらかじめ言い含められていた通りにモンティに雇われた、と嘘の白状をする。
けれどもヴァージニアは、モンティに罪のないことを信じるのだった。
モンティは彼女と共に逃走し、後見人の一行はそれを追跡する。
そして、ロッキー山脈を行く貨物列車上で色々な離れ業を演じた揚げ句、モンティは最後の勝利者となった。
そして今はクレイグ工場主であるヴァージニアの良人となり、そこの支配人となったのである。

この中の「モンティは彼女と共に逃走し、後見人の一行はそれを追跡する。そして貨物列車上で色々な離れ業を演じた」部分が、こんにちも色褪せないグレートチェイスという訳ですね。
多くの映画(『マルクスの二挺拳銃』から、ジョニー・デップの『ローン・レンジャー』まで)に影響を与えています。
なお、最後にはチープだけど笑えるミニチュア特撮が使われており、これにも満足。

モンティ・バンクスはトーキー以後も活躍、助演にまわる傍らローレル・ハーディ喜劇などで監督業も務め、1950年に故国イタリアで亡くなった。享年52。
監督のジョージ・ヘナベリーは俳優もしており、映画史に残る『国民の創生』(1915)でリンカーンを演じた経歴を持つ人。長身なので抜擢されたようだ。
キャリアは戦前に終わっているが、1976年まで存命、享年88。
1960年代以降、サイレント喜劇の復権が著しかったけど、研究者はアンソロジー映画にも収録された本作について、インタビューしてないのかな?

細かいことを言うと。
『日本俠花伝』は大正6年(1917)頃の話なので。約10年後、昭和に入ってから作られた本作が上映されているというのは考証ミス!まさに無理矢理ですね。

J・KOYAMA * ターンノーン通信 2015〜 * comments(0) * pookmark

ファンを たばかり旅立った? 土屋嘉男 追悼

土屋嘉男が、2017年2月に亡くなっていたことを知る。
9月6日に公表されたそうだ。死因は肺がん、享年89。
山梨の旧家の出で、戦時中は医専で学ぶ。
戦後、俳優座へ。
専属契約を結んだ東宝で、黒澤映画 特撮映画 に多数出演。海外でも人気が高い両者の語りべとしても、貴重な俳優であった。
公開順では『私はシベリヤの捕虜だった』(1952.4 東宝)が先だが、映画初出演作の『殺人容疑者』(1952.8 新東宝)では刑事役。
同僚の小林昭二と一緒に犯人を追うシーンがあり、後年 共に特撮モノで名を残したのは、面白い偶然といえよう。
私が いちばん驚いた出演作は特撮モノではなく、『薔薇の葬列』(1969.9 ATG)。
ゲイバーのナンバー1・ピーター(映画初出演)とデキてる、店の経営者役!
土屋は喪主をつとめた奥様もいて、ソッチの気は無かったようだが、けっこう迫真でした。
最後の劇映画出演は、『北辰斜(ななめ)にさすところ』(2007.12 東京テアトル)。
スティーヴン・オカザキ監督のドキュメンタリー映画 Mifune : The Last Samurai(2015、16年秋に三船敏郎賞を設けている京都国際映画祭で限定上映)では、8月に亡くなった中島春雄とコメント出演している。
最後のテレビドラマ出演は、水野久美と一緒に助演したNHKの広島発8月6日ドラマ『かたりべさん』(2014)。
トーク番組では、15年12月のBS朝日『昭和偉人伝 黒澤明』コメントか。今思うと、少し痩せていたなぁ。

遺族が、土屋の死を半年 伏せたのって、先祖が仕えたという武田信玄(自身の死を3年の間は秘匿せよと遺言)に由来する家訓でもあったんですかね?
釣りや登山など、多趣味でも知られた。
晩年は、やや滑舌が悪くなっていたようだが。
ある時期まで定期的に出演(私が所有する出演回で一番新しいものは、1999年9月)していた『徹子の部屋』に、膨大な面白話VTRが残っているはずだから、二回に分けてでも是非 特集放送かソフト化を。
氏の映画以外での代表作は、なんといってもコレですからね。

J・KOYAMA * ターンノーン通信 2015〜 * comments(0) * pookmark

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