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『日本戦後史 マダムおんぼろの生活』

『にっぽん戦後史 マダムおんぼろの生活』(1970.6 日映新社)を、チャンネルNECOで観る。
今村昌平監督(クレジットは演出)。

大阪万博で日本が浮かれている最中。
映画斜陽期で、刺激の強い作品を作って集客しようとする事情もあったろうが。

なんとメジャーの東宝が配給・公開した、「ブラックな」ドキュメンタリーである。
ポスターには、今村の東宝第一回作品と書かれていた。
氏は、東宝に入り助監督として黒澤明に付きたかったというから、内心 嬉しかったのでは。
なお同時上映は、新藤兼人 監督の『触覚』。

山陰(吉倉と書かれた駅名標や交通安全の看板が出てくるが、この地名は存在しないようで。本作はドキュメンタリーであるが、これらは小道具=フェイクの可能性があり、ひょっとしたら鳥取の倉吉を暗示しているかも知れぬ)で馬喰の娘として生まれ、終戦時は15歳だった女の半生。
これで家が貧乏ならば、お涙頂戴となるところだが、ちょっと違う。
実家は裕福な肉屋→高校中退し結婚→パチンコ屋経営→離婚・上京し横須賀で接客業を、やがてバー ONBORO経営へ。
ステップアップ?しながら、シタタカに豪快に生きるマダムになった女と その親族。

資料では、

赤座たみ…母親

赤座悦子…長女(マダム)

赤座あけみ…悦子の娘

赤座昌子…悦子の娘

赤座千枝子…悦子の娘

と書かれているが。

冒頭の電話シーンで今村は、マダムをアカザエミコと言っている。地名と同じく仮名にしているのだろうか。

代理で出演交渉に応じる、マダムの母親が強烈!


戦後25年間のニュースフィルムを観せつつ、マダムに体験を語らせる今村。
高校をやめるキッカケは被差別部落出身である事を晒された為だったこと、横須賀でアメリカ兵相手の稼業、創価学会入信…。
その一方で、警官(戦後のドサクサ期、肉屋も闇商売のガサ入れ情報が必要だった事もあり結婚したが、結核で入院し退職後は、金遣いが荒くなり女遊び三昧。ナント母親とも関係を持ってしまい、別れる事に)や早大生(夫の遊びに対抗し積極的に攻めて交際へ)とデキちゃう やり手でもある このマダムの告白には驚かされる。
凄く肉感的だが、美人じゃない。
別れた警官との間には娘が2人、店を手伝っている。
このマダム、私は決して関わりたくないタイプだが、映画を観ている分には面白すぎる。
今村監督が取り上げるわけだ。

彼女の出自を表すため、冒頭から屠殺場のシーン。これにベトナム戦争の死体写真がモンタージュされるので、モノクロ撮影とはいえドン引きする方もおられるか。
演出助手としてクレジットされた長谷川和彦は、屠殺場の撮影に参加していたという。

テストテスト(笑)のアメリカ人男性遍歴の末、合格と判定したオレゴン出身の若い水兵と再婚し幼い娘(これが千枝子か)も生まれた。
店をたたんで、夫・娘とアメリカのサンディエゴへ行き新商売を模索するという彼女、その後の人生も垣間見たかった気もするが…余計なコトか。おそらく本作の出演料は、その費用に充てられたんだろうな。

出演者である赤座ファミリー(この苗字だけは、仮名じゃないようだ)が故人となったので、ようやくCS放送解禁?
マダムの生き様は、本で読んだ、家族乗っ取りを始める以前の、尼崎事件主犯・角田美代子の半生にダブって見えた。
マダムに「メンスは何時でした?」と聞く今村、オールナイトニッポンの鶴光みたい。

キネ旬のストーリー紹介は、本作の複雑さを伝えていないが。
若干補足し、引用する。

横須賀の丘の上に、一軒の立派な家がある。
この家の主人は、60を越えた元気な婆さん・たみ である。
今日はアメリカへ遊びに行っていた長女・悦子がおみやげを買いこんで帰ってきた。
悦子は、堂々と肥ったバーのマダムである。
お人好しの次女も嬉しそうに話を聞いている。アメリカには、三女が米軍のパイロットと結婚して住んでいて、今度子供が生まれたのを機会に悦子が代表格で行ってきたというわけである。
悦子の娘たち、即ち婆さんの孫たちも、バスト1メートルをこえようというグラマーぞろい。
女ばかり三代のバイタリティにあふれた一家である。
悦子は、戦後まもなく山陰の田舎を飛び出して、女であるという条件を武器に奮戦してきた。
原爆、ヤミ市、戦争孤児、パンパン狩り、彼女たちの特需景気もたらした朝鮮戦争。本当にあの頃は忙しかった。
黒いジョーも死んだし、白いジョーも死んだ。そして沢山生まれた混血の孤児たち。エリザベス・サンダースホームの昔のフィルムを無心に眺める、混血の孫娘。
彼女たちがひとつの生きた戦後史ならば、ニュースも単なる過去の再現でなく、生きた姿として登場してくる。
この一家の長女・悦子に戦後25年間の記録フィルムを見せ、それに触発されて あけすけに語られる感想や一家の生々しい記録。
そこに戦後日本の歩みと、この一家の歩みがときに交錯し、ときに離れ、二つの流れとなって生きはじめる。そしてカメラはさらにこの一家の現実の生活にも鋭く斬り込んでくる。父権も夫権もないこの女三代。増殖するたくましい女たち。
今もその生き方を変えようとしない女たち、彼女たちの戦後には日付はなかった。

どうでもいい話だが。

今村は、日本人スタッフも協力した香港製の特撮映画『中国超人 インフラマン』(1975)の企画をしてたんだね!

本作の資料をネットで調べるとき、知った。クレジットに名は出ていないようだが…。

J・KOYAMA * ターンノーン通信 2015〜 * comments(2) * pookmark

コメント

前に川崎市民ミュージアムで見たとき、次のように書きました。公開時に吉本隆明が感想を書いていて、大変に不愉快な気分で、頭をガンガン叩かれるような気がしたと言っていたと思います。

横須賀で米兵相手の売春バーをやり、財をなした女のドキュメンタリー。制作、日映新社、戦後の大事件のニュースを見ながら監督今村昌平が聞く。『にっぽん昆虫記』の実録版。
世界映画史上、これほどまでに不細工で下品な女が、あけすけに人生を告白する作品もない。中国地方の肉屋(富裕だったが、差別はあった)の娘の赤座が、戦後地元での商売のために結婚した(検挙情報等の入手のため)警官から逃れるために上京し、横須賀でぼろいバーを買う。買値をけちったので、名前は変えられず「おんぼろ」とする。母親も間もなく上京し、同じく横須賀に売春宿を開く。妹もバーで働き、米軍の高級将校と結婚する。主人公はいつも行き当たりばったりで(その実計算はすごい)、下級米兵との関係を繰り返し、最後は20歳以上も年下の米兵と結婚して、サンディエゴに移り住む。ここで、私たちが打たれ、またひどい不快さに襲われるのは、戦後ずっと日本が「アメリカの愛人」的存在である現実の姿である。頭では分っていても、現実に見せられると少々つらい。
ここでも創価学会への入信がある。

ここで今村は、戦後の日本が、アメリカの「愛人的存在」であることを、赤座ファミリーに象徴させて描いているのだと思います。
Comment by さすらい日乗 @ 2016/10/30 9:24 AM
さすらい日乗様、コメントありがとうございます。
ノーマークで放送を観たので、まさかこんな内容だとは思わず驚きました。
怖いもの見たさで、赤座ファミリーの後日談を知りたくなりますね。
Comment by J・KOYAMA @ 2016/11/01 9:06 AM
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