<< October 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< ファンを たばかり旅立った? 土屋嘉男 追悼 | TOP | 東宝の脇役・広瀬正一 覚え書き >>

『無理矢理ロッキー破り』

1980年代にビデオで出ていた、『追跡珍名場面集/ザ・グレート・チェイス』(1963 未公開)というサイレント喜劇のアンソロジー映画があって。
追われる恋人が逃げ込んだ貨物列車を主人公が、走り→馬車→馬→スポーツカーで追いかけるシーンが印象に残っていた。
乗せてもらったスポーツカーで爆走してくる貨物列車の直前を横切るカット、並走させ乗り移るという超絶カースタントは、わが『散歩する霊柩車』(1964.10 東映)『喜劇 駅前漫画』(1966.4 東宝)でも特撮を使用してマネされている。
スポーツカーが対向線路から来た別の汽車と激突する直前、ヒラリと貨物列車に乗り移るのが凄いけど、ここはワンカットでなく編集処理のようだ。

夏に日本映画専門チャンネルで観た『日本俠花伝』(1973.11 東宝)劇中の映画館で、この場面が上映されていた。
筒井康隆の「不良少年の映画史」にも取り上げられていたが。
筒井曰く、チャップリンの にせもの!イタリア出身の喜劇俳優・監督であるモンティ・バンクスが主演した『安全第一』(1927 同年日本公開)のクライマックスである。
全長版は5巻・50分。2巻に短縮された版は、『無理矢理ロッキー破り』という題のようで、こっちの方がよく知られているかも。
原題は、プレイ・セーフ。
以下は、キネ旬のストーリー紹介である(改行・一部修正)。

莫大なる財産の継承者である女性ヴァージニア・クレイグ(ヴァージニア・リー・コービン)は、腹黒い後見人(チャールズ・ヒル・メイルズ)の禄でなしの息子と結婚させられそうになって、家出する。
クレイグ工場の一労働者たるモンティ(モンティ・バンクス)は、ヴァージニアが嵐を避けてある門辺に佇んでいる時、ひったくりにバッグを奪われそうになっているところに出くわし、彼女を救う。
濡れた衣服を乾かすために、モンティはヴァージニアを家に招く。
なかなか乾かないので、ヴァージニアに自分のベッドを提供し、モンティは他に寝場所を求めねばならなくなった。
そこへヴァージニアを捜索していた後見人が彼女を見つけ出し、屋敷に連れ戻す。
彼女が、一労働者にすぎないモンティに少なからぬ興味を抱いていることに気づいた後見人は、モンティをクビにして危険人物だと言いふらす。
そしてヴァージニアに彼への幻滅を抱かせるために策を弄して、悪漢一味に彼女を襲撃させる。
そこへ後見人の息子が飛び出して悪漢を成敗し、悪漢はあらかじめ言い含められていた通りにモンティに雇われた、と嘘の白状をする。
けれどもヴァージニアは、モンティに罪のないことを信じるのだった。
モンティは彼女と共に逃走し、後見人の一行はそれを追跡する。
そして、ロッキー山脈を行く貨物列車上で色々な離れ業を演じた揚げ句、モンティは最後の勝利者となった。
そして今はクレイグ工場主であるヴァージニアの良人となり、そこの支配人となったのである。

この中の「モンティは彼女と共に逃走し、後見人の一行はそれを追跡する。そして貨物列車上で色々な離れ業を演じた」部分が、こんにちも色褪せないグレートチェイスという訳ですね。
多くの映画(『マルクスの二挺拳銃』から、ジョニー・デップの『ローン・レンジャー』まで)に影響を与えています。
なお、最後にはチープだけど笑えるミニチュア特撮が使われており、これにも満足。

モンティ・バンクスはトーキー以後も活躍、助演にまわる傍らローレル・ハーディ喜劇などで監督業も務め、1950年に故国イタリアで亡くなった。享年52。
監督のジョージ・ヘナベリーは俳優もしており、映画史に残る『国民の創生』(1915)でリンカーンを演じた経歴を持つ人。長身なので抜擢されたようだ。
キャリアは戦前に終わっているが、1976年まで存命、享年88。
1960年代以降、サイレント喜劇の復権が著しかったけど、研究者はアンソロジー映画にも収録された本作について、インタビューしてないのかな?

細かいことを言うと。
『日本俠花伝』は大正6年(1917)頃の話なので。約10年後、昭和に入ってから作られた本作が上映されているというのは考証ミス!まさに無理矢理ですね。

J・KOYAMA * ターンノーン通信 2015〜 * comments(0) * pookmark

コメント

コメントする









トラックバック

このページの先頭へ