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60年目のジャイガンティスゴジラ

特撮ライター・ヤマダマサミが2017年7月に書いたブログで、ジャイガンティスゴジラの検証が行われていた。

『ゴジラの逆襲』(1955.4 東宝)がアメリカで、GIGANTIS THE FIRE MONSTER として配給公開される事になった時、当初はあちらで撮り足しが行われる予定だった。
アメリカ版プロデューサーは、映画史に残るような仕事はしていないと思われる、ポール・シュレイブマン(1909〜2001)。
1作目のゴジラが再編集され1956年春にアメリカで公開された時は、ジョセフ・E・レヴィン率いるエンバシーとトランスワールド配給なので、別会社のヒトである。よってゴジラの題は使えず、怪獣名は上記タイトルのジャイガンティスに落ち着いたそうだ。
新撮用として、60年前の1957年ごろ(造形スタッフの開米栄三によると、55年の映画撮影終了後すぐという記憶も)東宝に発注・新造されたゴジラとアンギラスの着ぐるみ。
おそらく、シュレイブマンが金を出したのだろう。
白人が入る事を想定し、高身長に作られたゴジラ着ぐるみを、特撮ライターたちが1990年代に書籍で、逆襲ゴジラと形状が著しく変わった1962年のキンゴジを繋ぐミッシングリンクとして、ギガンティス→ジャイガンティス、またはジャイガンティスゴジラと呼称するようになったのだが。
現存する写真は、同じ角度からのスナップ3枚のみで、1970年代より竹内博が所蔵し少しづつ公開。出どころは、特撮美術の渡辺明らしい。
2体は木箱に詰められアメリカへ発送されたが、新撮は結局 行われず、着ぐるみは行方不明。
『ゴジラの逆襲』は1959年の春、編集版が ようやく全米公開された…とウィキなどにもあるが。

この公開経緯には、前史があるのだ。
IMDbを信じるならば、『ゴジラの逆襲』は日本公開と同年の1955年暮れにポルトガルで公開(タイトル不明)されたのを皮切りに、57年にはフランスで Le retour de Godzilla、58年にはスペインで El rey de los monstruos、西独で Godzilla kehrt zurückというタイトルで、先に公開されている!
アメリカ公開時の編集・英語版演出として、ヒューゴ・グリマルディ(ウーゴ表記も、1912〜没年不詳)なるイタリア人っぽい名がクレジット。
アンソニー・M・ドーソン監督の初期SF映画にも製作者として名があるので、てっきりヨーロッパ公開時に関わったプロデューサーと思ったが、この人は東宝の戦記映画『太平洋の嵐』(1959)の英語版も作っている、制作・監督・編集など何でも屋のアメリカ映画人らしい。
とすると、先行公開のヨーロッパ圏では、オリジナル版で上映されていたのだろうか?

それから約1年後、アメリカ公開に先立って発注され東宝で新造された、ジャイガンティス着ぐるみの使い道。
グリマルディ編集の英語版(短縮の上、記録映像や海外作品の恐竜特撮フッテージを加えたのは彼だ)をアメリカで公開するとき、プロデューサーが さらに付加価値を持たせるべく日本に着ぐるみを発注し、アメリカで2匹が再対決する新撮を加えようとしたが結局 流れ、そのまんま公開したという事か?
それとも、竹内博が生前ヤマダ氏に語ったように、ジャイガンティスはハナから新撮用でなく、宣伝用のアトラク仕様だったのか?
解明されるべき事項は、まだ多い。

少し遡り、怪獣ウルトラパラダイス というブログで2016年5月、スティーヴ・リフィル著 JAPAN’ S FAVORITE MONSTAR (1998 アメリカ)という本に、海を渡ったジャイガンティスの目撃談が載っているという記事があった。
一部補足し、転載する。

…1957年5月ごろ、ロサンゼルスの(ハワード・)アンダーソン特殊効果撮影所で、怪物造形家のポール・ブライズデルと、助手で参加していた後の有名コレクター ボブ・バーンズが『円盤人の襲撃』(注、日本未公開の1957年作品『暗闇の悪魔 大頭人の襲来』の事でしょう)を撮影中に、スタジオの端に木箱を見つけた。
その中に、ゴジラの着ぐるみがあったという。
それはダークグレイに緑が少し混じっていて、ひどく傷んでおり、花火で穴が開き、中の演者は火傷していると思えるようなものだった。
かなり小さく、とてもかぶれない大きさ。
もう一つの木箱にはアンギラスが入っており、色彩豊かで青、そして少し赤が混じっていた。
それらは到着したところだった。

この本の著者も指摘しているが、まるで撮影で酷使した逆襲ゴジラの着ぐるみが そのままアメリカに送られたとも思える目撃談で、一体全体どうなっているのか。
ジャイガティスは送られなかった?
いや両方とも、つまり劣化した撮影用スーツをあわせ3体が送られたのか?…
とある。

今回、ヤマダ氏のブログには、更にアッと驚く写真が。
南米の友人のフェイスブックにアップされていたという、カラー写真の正面顔ジャイガンティス着ぐるみである ‼
オペラ座の怪人に顎を持ち上げられ、一緒に屋外で撮られている。
腕に赤い血がついているものの、ボディは傷んでないように見える。
ヤマダ氏は友人に確認したが返事はなく、出どころは当人も分からないのでは?とのこと。

ジェームズ・キャグニーが怪奇メイクで有名だったスターのロン・チャニー(オペラ座の怪人は彼の代表作)を演じた伝記映画『千の顔を持つ男』(1957)の宣伝にジャイガンティスが駆り出されたのではと、ヤマダ氏は推測しているが…。
着ぐるみの到着時期と、この映画のアメリカ公開時期(1957.8)が一致しますから。
ところで、写っているオペラ座の怪人の “中の人” は ひょっとして、大スターのキャグニー?

J・KOYAMA * ターンノーン通信 2015〜 * comments(0) * pookmark

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